サウジアラビア紀行

歴史と場所を知る

私は今年の3月上旬に大学のプログラムで、サウジアラビアの首都リヤドを訪れ、約1週間、現地の女子大・プリンセス・ヌーラ大学(PNU)に滞在しました。今回はその1週間の紀行文をお届けいたします!

 

プロローグ:リヤド行きの飛行機で

ドバイからリヤド行きの飛行機に乗り込むと、そこはもう別世界だ。トーブと呼ばれる、白の長いシャツワンピースをきた男性たちと、全身を黒い布で覆い、ニカブの隙間から目だけをのぞかせる女性たち。座席には東アジア系の顔立ちをした人の姿は少なく、私は、自分がずいぶん遠いところへ来たことを実感させられた。

 

高層ビルがこれでもかというほど林立するドバイの街を目下に、飛行機が徐々に高度を上げる。知らぬ間に眠りに落ちていた私が次に目を開けて目にしたのは、果てしなく広がる砂漠だ。一面に広がる砂の大地は、丘陵のように盛り上がっていたり、亀裂が入っていたりする。初めて目にする砂漠に私の心は高鳴った。飛行機の窓からずっと砂漠を眺めていると、砂漠にも色々な種類があることに気付かされる。黄土色っぽい砂の砂漠もあれば、赤茶色の砂漠もある。起伏のある丘陵地帯もあれば、平らな地面がずっと続いている場所もある。砂漠の中に、突然緑色の大きな円が現れたりもする。「地理で習った、センターピボット式農業だ」と、思わず嬉しくなった。いくら眺めていても飽きることのないほど、砂漠は色々な表情を持っている。

リヤドの空

朝9時すぎにキング・ハーリド空港へ到着。迎えに来てくれた現地の大学スタッフの方の後を追い空港の外へ出ると最初に目に飛び込んできたのは、目を見張るような大きさの立派なモスクと、その上に広がる雲ひとつない青空だ。モスクは砂漠のなかに溶け込むような薄茶色で、中央アジアやトルコの煌びやかなモスクとは違う、サウジらしさを演出している。そしてモスクの茶色は、空の青さをより一層引き立たせる。思わず叫び出したくなるくらい気持ちのいい青空に、私は大きく息を吸い込んだ。

 

サウジアラビアは乾燥地帯だから常に快晴なのかというと、そういうわけでもない。空の高いところを白い雲がたなびいていたり、日によっては薄く雨雲がかかって数滴の雨を降らせたりすることもある。とはいえ、日本の基準から言えば、サウジの天気は毎日「いい天気」に分類されるだろう。朝起きてカーテンを開ける時に、外の天気を心配しなくてもいいのがこんなにも素敵なことだとは思いもしなかった。窓から明るい日差しが差し込んでくると、眠気もすぐに吹き飛ぶ。サウジにいる間、毎日気持ちの良い朝を迎えることができたのは、リヤドの空のお陰だろう。

 

プリンセス・ヌーラ大学

 

私が約1週間滞在したのは、サウジアラビアの首都リヤドにある国立の女子大・プリンセス・ヌーラ大学(PNU)だ。PNUは、「男性40人分の頭脳を持つ」と言われたサウジアラビアの伝説の王女・ヌーラの名前を冠した、世界最大の女子大だ。学生数は約6万人で、敷地面積は本郷キャンパスの約30倍の1300ヘクタール。大学内には14の駅があり、自動運転のメトロが走っている様子には圧倒された。

大学内の施設は総じて新しく、そして信じられないほど大規模だ。たとえば、PNUのメインの図書館であるセントラル・ライブラリーは、モスクを思わせるような玉ねぎ状の屋根を持った7階建ての壮麗な建物で、中央部分が吹き抜けとなっている。吹き抜け部分には地上階から屋根までを貫くように大きな柱が立っており、カリグラフィー模様で装飾されている。驚くのは建物の造りだけではない。図書館としての設備も一級品で、自動化書庫では500万冊もの本を管理しているのだという。目の眩むような施設に、私はただただため息をつくしかなかった。

 

サウジのおもてなし精神

1週間の滞在の間には、キャンパスツアーや料理教室、アラビア語クラス、日本語を学ぶ学生との交流など、さまざまなプログラムが用意されていたが、驚くのはそのおもてなし精神の凄さだ。どのプログラムでも、必ずアラビックコーヒーとお菓子が提供されて、お土産まで渡してくれることもしばしばだった。

中でも特に私が気に入ったのは、アラビア語の授業の合間にみんなで飲むアラビックコーヒーだ。猛烈なスピードで進んでいくアラビア語の授業で疲弊した体に、スパイスの効いたアラビックコーヒーの独特な香りが広がると、不思議とリラックスして疲れも忘れてしまう。コーヒーと一緒に用意されているスイーツは、その日のクラスを担当してくれる先生ごとに異なる。伝統的にアラビックコーヒーと一緒に振る舞われるデーツ(ナツメヤシの実)はもちろんのこと、先生が特別に焼いてきてくれたケーキや、バクラヴァ(中近東やトルコに古くから伝わるデザート)が出されたこともあった。

サウジのスイーツは砂糖の天国だ。日本のスイーツの甘さに慣れていた私は、「これでもか!」というほどの甘さで頭を殴ってくるようなサウジのスイーツに初めはギョっとしたものの、慣れてしまえばこちらのもの。3日目くらいからはアラビックコーヒーとあま〜いスイーツなしではアラビア語クラスを乗り切ることはできなくなっていた。(ちなみに、デーツと一緒にアラビックコーヒーを振る舞い客をもてなすアラビア半島の伝統は、2015年に「アラビアコーヒー、寛容さの象徴」として無形文化遺産に登録されているそうだ。)

白と赤、それから黒

サウジアラビアの色といったら、何色を思い浮かべるだろうか。砂漠の赤茶色?国旗の緑色?私はこう答える。「白と赤、それから黒。」

リヤドの街を歩いてみると、目に入ってくるのはこの3色だ。街を歩く人々の服装が、大体この3色で構成されているからだ。白と赤は男性の色。多くの男性は白色のトーブを身につけ、頭には白地に赤い模様が入ったシュマーグを被り、黒い輪っかでそれをとめている。驚かされるのは、サウジの男性たちがこの民族衣装を普段着のように着ていることだ。たとえば、1週間の滞在の間私たちの送迎を担当してくれたドライバーさんは、1日も欠かすことなくトーブとシュマーグを身に纏って現れた。聞けば、これらの伝統衣装は彼らにとってスーツのようなものであるらしい。日常的に伝統衣装を着るというのはなんと素敵な習慣だろうか。私は、実家の箪笥の奥深くでひっそり息をひそめて眠っている自分の着物のことを思った。

次は黒色。これは女性の色だ。女性はやはり、全身黒いアバヤに身を包み、ヒジャブとニカブで顔まで覆っている人が多い。これは、イスラム教の「女性の美しい部分を親族以外の男性に見せてはいけない」という教えに則ったものである。イスラム教の教えが厳格に守られるサウジアラビアでは、全身真っ黒な格好をしている女性がほとんどだ。しかし、よく観察してみると、人によって少しずつ着用スタイルが異なることが見えてくる。たとえば、一番多いのは真っ黒なニカブから目だけを出すスタイルだが、中には、ニカブをする代わりに医療用マスクをしているだけの人もいる。さらには、黒単色のアバヤの代わりに、グレー地に白色のストライプが入ったスタイリッシュなアバヤを着ている人もいた。こういったことの背景には、2018年にムハンマド皇太子が「女性にアバヤ着用の義務はない」との見解を示して以来、女性の服装が少しずつ自由化しているということがあるだろう。アバヤの着こなしからサウジの女性たちの個性が垣間見られた気がして、私はなんだか嬉しくなった。

 

砂漠にて

一面に広がる赤い砂。粒は細かく、足先を柔らかく包んでくれる。照りつける日差しで、砂は裸足で立てないほど熱いのではないかと想像していたが、3月の日差しはそこまで強くないようだ。素足で砂の上に立つのが心地よいほどの、じんわりとした暖かさだった。遠くを見渡すと、そこは地平線。どこまで見ても、砂漠が広がっている。山がちな日本で育った私にとって、地平線をみるのは初めての経験だ。途方もない砂の大地に、私は言葉を失った。

1週間のプログラムの最終日、私たちは砂漠へ連れてきてもらった。「サウジに来たからにはどうしても砂漠に行きたい!」そう願ってやまなかった私たちの期待に、PNUの担当者が特別に応えてくれたのだ。サウジアラビア人にとって家族と過ごすための大事な休日である金曜日。PNUの方のご厚意で、私たちはリヤド近郊の砂漠へやってきた。

砂漠は、単に砂が平らに堆積しているのではない。吹く風によって作られたのであろうか、ところどころ砂丘のように盛り上がり、高低差がある。砂丘の頂上へ登ろうと踏み出すと、想像以上に足を取られる。まるで新雪の上を歩いて、雪の中に足が引き摺り込まれるような感覚である。しかも風が強いため、大量の砂が宙を舞い、顔全体に直撃してくる。サングラスをしていたため、目は比較的無事だったが、息を吸うたびに鼻と口の中に信じられない量の砂が入り込んできた。それらに耐えながら必死に砂丘の頂上を目指す。頂上に辿り着くと気分は爽快だ。頂上にいると飛んでくる砂の量は比較的少ないし、何より絶景を独り占めできる。砂がさざなみのようにこちらへ押し寄せる様子は、まさに「砂の海」だった。かつてこの果てしなく広がる砂漠を、キャラバンを組んでひたすらに歩みを進めたイスラーム商人たちを想像し、私は目を閉じた。

 

エピローグ:ロストバゲージ

そんなこんなであっという間の1週間を終え、私たちは日本への帰路に着いた。途中、経由地のドバイが大雨の影響で飛行機の発着が遅れたが、それ以外はなんとも順調な旅路だった。旅先で失くしものをしたり時間ギリギリに滑り込んだりしがちな私にとっては、あまりにも順調すぎる旅だった。順調すぎて何か嫌な予感がすると思っていると、見事その予感は的中した。

成田空港に着いて飛行機を降りた時だった。私の名前が書かれたプレートを抱えて立っているCAさんがいる。小走りで駆け寄る私に、その人はこう言った。「お客様のお荷物がこちらに届いていないようです。」

人生初のロストバゲージ。ショックを受けるかと思いきや、私は案外冷静だった。「そういえば、ついこの間ヨーロッパ旅行に行ってた友達もロスバゲしてたな」などと呑気に考えながら、先導してくれるCAさんの後を追って手続き所へ移動した。一通りの書類記入を終えると、「きっと明日明後日には返ってくるだろう」と高を括って、身軽なまま帰宅した。

しかし、家に着くとどんどんと不安は膨らんで行った。丸一日たっても、航空会社のホームページに表示される私の荷物の状況は「所在地不明」のまま。貴重品などは入っていないとはいえ、現地で知り合ったたくさんの人からもらった大切なお土産が詰まったスーツケースだ。このまま見つからなかったら、みんなの愛情のこもったプレゼントが無駄になってしまう。そう思うと、思わず涙が溢れそうになった。

結局、私のスーツケースは無事に(世界のどこかで)見つかり、帰国からちょうど1週間後に私の手元へ届いて一件落着となった。スーツケースを開けると、そこにはお世話になった人たちからの素敵なプレゼントたちが、詰めた時のままの状態で、ぎっしりと顔を並べていた。ホッとしながらそれらを一つ一つ取り出すと、サウジでの一つ一つの出会いがどんなに貴重なものだったかを思い知らされた。デーツのお菓子にラクダの置物。マスマク城が書かれたコーヒーカップ。すべてに思い出がこもっている。

現地で特に仲良くなった子からもらったバフール(アラブ発祥のお香)を取り出した時、その独特な香りと一緒に、リヤドの澄み渡った空がパッと目の前に浮かんだ。これからもきっと、バフールの香りを嗅ぐたびに、私はリヤドの空が恋しくなると思う。

(文責 阿部想)

大場莞爾