海洋問題を身近に ~海洋政策研究所 田中広太郎 さんインタビュー~

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この度、茶話日和では「日中未来創発ワークショップ」という、日中両国の学生が日本と中国の未来におけるさまざまな協力の可能性について考える交流型のワークショッププログラムに参加しました。
そこで、「海のプラスチックごみ問題」について講演をして下さった、田中広太郎さんに海洋問題にまつわるお話を聞かせていただきました。前編は、田中さんがこの仕事に携わるようになるまでのストーリーになります。

田中広太郎さんの経歴 
京都大学大学院情報学研究科博士後期課程単位取得認定退学。
全国水産技術協会研究専門員、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究
機構規範科学総合研究所招聘研究員。
これまで、主に水中音響を用いた海洋生物や人間活動のモニタリングを実施。現在は海上衛星通信を含む海洋におけるデジタル化推進や社会との関わりについて、調査研究を行っている。また、海洋若手専門家(ECOP: Early Career OceanProfessionals)の一員として、日本を拠点として活躍するECOPの分野を超えたネットワーク拡大や、他国/他地域との橋渡しを進めるべく活動を行っている。
<参考記事>
海のジグソーピースNo. 231 <近代海洋絵画史にみる科学とアートの関わり> [2021年12月10日(Fri)]https://blog.canpan.info/oprf/archive/1995
海のジグソーピース No.219 <「ジュゴンの暮らす島」に暮らす
若者たち> [2021年06月02日(Wed)]https://blog.canpan.info/oprf/archive/1970
海洋デジタル時代に向けた衛星VDESに関する政策提言 https://www.spf.org/opri/newsletter/534_1.html

 

───海洋問題についてですが、そもそも海ゴミがあって、何かいけないのか、亀がそれで死ぬのはなぜよくないのか、という、考えがあると思っています。このような質問をする人や、あるいはそういう考え方に対して思われること、ゴミ問題がどう問題なのかというところから、論点についてお聞きしたいです。

「これはとても重要ですね。例えば地球の生態系は吊り橋みたいのもので、何か環境が悪化したり生物が絶滅したりするたびに、橋のパーツが1つずつ減っていくとイメージしてみてください。問題は、このパーツを何枚抜くと吊り橋が崩れ落ちるか分からないということです。今のこの地球というのは、そういうものだと思っていますし、だからこそ環境保全や生物保全に取り組んでいく必要があると思います。

ゴミの話に戻ると、例えば、ゴミが海に流れて、分解され、魚が食べ、より大きい魚が食べ、人間がそれを食べるという食物連鎖により、人間の体内にマイクロプラスチックが取り込まれます。どこまで人体に影響があるのかは現時点では不明ですが、わからないからこそ、守らなければならないし、ゴミを減らした方がいい、そしてそのリスクを下げなければいけないと考えられています。さっきの例ですが、吊り橋のパーツが減ってきて、取り返しのつかない状況になったら、生態系も人類も崩れてしまう。それを防ぐためには、守るしかないということだと思います。」

 

───ちなみに、こういう質問は結構されるものですか?

 

「はい。実際に、例えば海洋に関するベンチャー企業の方も同じ悩みを持たれているということで、以前お話をお伺いしたことがあります。やはり企業のみなさまはある程度利益を追求しないといけないのですが、一方で魚やウミガメが死ぬことで何が変わるかと言ったら、直接企業の活動に結びつかないことが多いと思います。それは専門家であっても説明するのはやはりなかなか難しいですね。この質問の答えというものは考え続けないといけないと思います。」

 

───なるほど。こういう、目にみえる利益に繋がらないことに問題意識が及ばない風潮に対して、思われることはありますか?

 

「やはり、その風潮のその結果が今の地球なのだと思います。結局、食物連鎖として色々なものが繋がっていると思うので。例えば、サンゴが死ぬことにより、サンゴ礁の魚が減り、それを食べる大きい魚が減ります。その結果私たちの食卓に届く魚が小さくなったり減ったりするというように、結局全ての生産は繋がっていると思うので、そこを解きほぐしていって、皆さんに伝えていくという努力が必要ですね。」

 

───実際にその伝えるという活動で、何か田中さん、あるいは海洋政策研究所であったり、周りの研究者の方々であったりが行われていることなどがあればお教えいただきたいです。

 

「例えば、海洋政策研究所では海洋フォーラムというものを開催していて、今海洋で起こっている問題や、話題になっていることを皆さんにお伝えしていますね。実際の関係者が集まって議論をすることも重要ですし、今回のイベントのように次世代の方々を集めて、海洋問題の解決について話し合う場を作るということも、海洋政策研究所がやるべきことだと思います。他には、ウェブサイトにこういった活動を掲載して、皆さんに見ていただくということも行っています。

これは1歩先の話になってしまうのですが、私たちの活動の中での課題というのはあります。17個あるSDGsのうち、14番目が海の問題(Life below water)となっています。「海洋」政策研究所で働く私たちからしたら、14番目のことばかり考えてしまうのですが、一般の方からすると、17個あるうちの1個にすぎないので、関心が薄くなってしまうというのは仕方ないと思います。当面の私たちの課題としては、海洋に関わってない方々に対して、それをどうやって伝えていくか、ですね。今日のこの活動はまさにそのための活動としても考えられると思います。」

 

───話は変わりますが、海洋政策研究所というのは、一種のシンクタンクですよね。 大学の研究機関とキャリアパスの中で違いはあるんですか?

 

「私は、どちらかというと基礎研究に関わっていましたが、基礎研究と社会実装の間というのはグラデーションだと思っています。すごく基礎の基礎、細かいことをされている研究者の方々もいれば、現地で住民の方々と一緒に仕事をされている研究者もいらっしゃいます。どちらが大事という話ではなく、これらの活動はグラデーションであり、この研究と実装の間を繋いでいくのが、私たちのミッションだと思っています。研究者の方々が新しいこと、まだ皆さんが知らないことを研究し、発表しますよね。それをどのように使えるかを調べたり考えたりするのが、研究所の活動ですね。」

 

───具体的に何かありますか?

 

「例えば、環境DNAという研究分野があります。これは、バケツで水を取ったら、そこにどういう種類の魚がいたのかわかるという技術です。水には魚の鱗であったり排泄物であったりがごく僅かでも含まれているので、それを増幅させると、そこにどういう魚がいたのかわかるという仕組みです。しかし、例えば海洋に直接関わらない、例えば政治に携わる方々がそれを聞いても、なかなか関心が湧きづらいし、「で?」となりやすいと思います。そこで、政策提言と呼ばれるのですが、私たち海洋政策研究所が政策を立案する方々に、説明していくことを目指しています。こういう素晴らしい研究成果が出てきているので、例えばこの調査は義務化した方が良いですよ、推奨した方がいいですよといったように、研究者と政治の意思決定者の方々の橋渡しをしていくのが、私たちの仕事ですね。コンサルティングにちょっと近いところもあるかと思います。」

 

───そのような業務は、大学で身につくものなのでしょうか?経歴によりますと、水中音響の研究をなさっていたことを目にしたので。どのようにしてこの「橋渡し」の技術を身につけましたか?

 

「私はかつては海の現場に出て、生き物がどう暮らしているかを調査していました。海の哺乳類の鳴き声と船の音を海の中で取って、ある島の周りで、こういう時間帯に船がいるので、この海域は衝突のリスクが高いです、ここはそうでもないです、ということを調べる研究です。海の中は思ったよりも騒音があり、その影響で同じ生物同士でコミュニケーションが取りづらくなってしまうということも言われています。水中の音響の調査が私のドクターの研究ですね。その際に、現場に行って調査をし、保護・保全への貢献を最終的な目的とした論文を書くじゃないですか。結局、保全というのは人が行うことなので、研究成果を現場のマネジメントのオフィスや人に伝えることなどはとても大切である一方、大学にいるときにやり切れていないなと感じていました。国や文化によっても、研究の受容も異なっていることも感じたので、やはり研究成果を解釈して、わかりやすく翻訳して伝えるということが大事なのだと思います。そのような、海と人との調和を経験して、最終的にシンクタンクの道に進むことになりました。結局、人が好きなのだと思います。」

 

───現在の海洋政策研究所では、水中音響を使った水産資源の可視化ということはやられていますか?

 

「はい、一部やっています。私が主に関わっている事業は、「海洋デジタル社会の構築」というものです。海の様々な情報を集めて、それに価値付けをして人に渡すというところまでがひとつのサイクルだと思っています。収集データによって、例えば天気や海況予測の精度が上がり、それをお知らせすることができれば、海運業の方々にとって有用な情報になりますよね。また、小型・中型船は通信手段が大型船に比べて限られていることが多いので、「衛星VDES」という新しい海上通信インフラをどうやって社会に導入したら良いかということを考えて、実施しています。その事業の中で、例えば水産のために取られたデータを水産業に関わる方々に渡すと、価値が生まれるということは勿論あるんですが、なんとかして直接関係のない業種やセクターの方々にも、その価値を渡していけないかということは考えているところですね。

これは世界的に共通していることが多いのですが、例えば日本では水産業に関しては水産庁が管轄していて、サンゴの問題は環境省、海の安全保障は防衛省、監視と警備救難は海上保安庁、資源は経済産業省、科学技術は文部科学省の管轄、となっています。このように、どうしても縦割りになってしまうところを、横断する形で最適なものを提案するということが、海洋政策研究所の使命だと思います。」

 

───日本あるいは中国は、そこまで海洋に関する興味関心が諸外国と比べると多少低い状況に感じます。

 

「日本は海に囲まれていて、排他的経済水域もすごく広くなっていますよね。それにも関わらず、関心が低いというのは、結構意外ですよね。国連海洋科学の10年という取り組みが今世界的に行われていますが、やはり、どうしてもヨーロッパ主導になってしまっている印象があります。ヨーロッパの国々は環境問題に対して先行して取り組んでいるし、発信力が大きいので、彼らのイニシアチブで引っ張ることが多いように思います。一方で、どうしても私たち東アジアの活動は、なかなかそことうまく連携が取れていない時も多いので、成果が届きづらいように感じています。だから、そのような状況の中で、声が届きづらい地域の声を届けていって、本当に国際的な動きにしていきましょうというのが必要ではないかなと思っています。それも私のモチベーションですね。

 

───そもそも、どうして海洋研究に興味を持たれたかということについて、何か明確な何かがあるのでしょうか?

 

「あります。勿論、海が好きだったという漠然とした理由もありますね。私は三重県の四日市という港町出身なのですが、散歩で歩いて行ける距離に海があったとはいえ、工業港でクレーンがいつもあったイメージだったので、キレイな海への憧れというのはありましたね。それと、動物のクジラは好きでした。小学校の教科書に『歌うクジラ』という話があり、それがなぜかとても好きだったからというのも、ジュゴンの鳴き声を研究するようになった理由の一つかもしれません。クジラが歌うことが魅力的・神秘的で美しいと思っていて、そういう思いがを小学校の頃からずっと持っていたので、もし可能であれば大学院で研究できればいいと思いました。海ってやはり、スピリチュアルな話ですけど、そういう魅力に惹き込まれる場所なのかなと思っていまして。」

 

───なるほど、海の魅力に引き込まれて、海洋の研究者に。

 

「そうですね。いつのまにか引きずり込まれた、結構そういうふうに仰る方もいます。」

 

───どのような学生生活でしたか?

 

「私は農学部に所属していて、どちらかというと水産分野に近いところで、海洋科学を勉強しました。学部の時は、部活でテニスばかりしていましたね。その後、情報学分野の研究室に移りました。ピュアなエコロジーだけではなくて、科学技術、情報的な技術が進行してきているので、それらをエコロジカルな研究に応用できたら良いと思って、大学院からは情報研究科に行きました。

 

───情報系の分野ではどういう研究されていましたか?

 

「信号処理ですね。例えば鳴き声を自動でうまく検出するために機械学習を利用するということもしていました。そのツールを作ることと、そのツールを実際に現場に応用できるようにしていました。たとえば、そのツールを使って集めたデータを解析して、それを基にこの範囲は船のスピードを落としてもらった方が良いですよといった分析や提言を行っていました。私の博士論文はテクニカルな技術開発の話と、エコロジカルな事実の話と、それを踏まえたマネジメント方策の話という章立てになっていますね。」

 

───論文のタイトルを拝見しましたが、「魚が鳴く」ということは知らなかったです。

 

「そうですよね。魚は繁殖のために鳴くことが多いんです。繁殖期はうるさいです。海の中は意外とうるさいんですよね、実は。静寂の世界ではありませんね。テッポウエビも、ハサミをバチンとすごい音で鳴らしていますしね。」

 

───観察中はよくバチンという音が聞こえるものなんですか?

 

「もうすごいですよ。潜っていたらブーブーパチパチパチと色々な音が聞こえます。ちなみに、この聞こえる色々な音全体を指して『サウンドスケープ』という言葉が使われます。『景観』という意味でランドスケープっていうじゃないですか。これを音にも適用したものがサウンドスケープです。例えばこの会場のような森だったら鳥がチュンチュン鳴いているし、街に行ったら車が通ったり信号が鳴ったりするということがありますよね。それが海の中でも起こっています。テッポウエビが出すパチパチという音や、魚の鳴き声が含まれるサウンドスケープもあれば、他の音が鳴っているサウンドスケープもあって。最近、騒音の問題などもありますね。船が大きい音を出していたら、音でコミュニケーションをとっているイルカはどうなるのか、と。例えばイルカは、超音波を出して跳ね返ってくる音を聞くことで、どこに何があるかというのを把握しています。しかし、騒音が大きくなると、その跳ね返ってくる音が聞こえなくなり、方向や周囲の状況が分からなくなることで、最悪の場合座礁して死んでしまう可能性があります。

 

────それはよくないですね。

 

「海の中では、陸上の5倍程のスピードで音が伝わる一方、光が伝わりづらくなっています。だから、音に頼っている生き物が多いです。騒音によって自分たちが出す音が聞こえなくなることをマスキングと呼ぶのですが、このように悪影響は色々なところで出てきますね。」

 

───アートに関心があると事前にお聞きしていましたが、何かきっかけや興味があったのですか?

 

「アートはほぼ趣味ですね、文化芸術がとても好きです。さきほどの「人が好き」ということに関わるかもしれませんが、人が海からどうインスピレーションを受けて、どう関わってきたかを考えることが好きです。その1つの形として、芸術というものがあります。やはり、科学的な知見に対して、芸術は人の心に訴えかけるものがあると思っています。だとすると、今のこの海洋に関する問題についてアートの力でアピールしていくというのも1つの方法ではないかと思います。

 

───ゴミを使ってアートとして発表すると心に届くことがありますよね。論文とはやはり違うと思います。

 

「そうですね。そういった繋がりがもっとできたらいいなと思いますね。」

 

───では、最後に。若手研究者の方々とコミュニティを作って活動をされていると思うのですが、例えばこれから就職をする大学生、あるいは、その進路選択をする高校生をターゲットに何かメッセージをいただけませんか。

 

「海に対しては、理屈ではなくて、『何かいいよね』というような気持ちを信じ続けて欲しいですね。ワクワクするよねといった動機でいいと思います。そういう気持ちを持って進んでもいいんだと胸を張っていただけるような環境を作るのが、現役世代の仕事なのかなとは思いますね。海洋や水産分野に何人も私の同期がいましたが、結局海洋に関係のない分野に就職した人も多かったです。経済的な事情も少なからずあると思います。前半の話と繋がっていますが、そういった現状の中で今後どうしていくのか、どう海ではたらくことの価値に結びつけていくかが大切ですね。海が好きだから働きたいなと思っている人が、それを実際に仕事にできるような環境を作っていくようにできたら理想的だと思います。とはいえ私は結構柔軟な人間なので、別の分野に行ったら行ったで、楽しんでいるとは思いますけれど。私は今の仕事を楽しんでいますし、海でまだやりたいこともたくさんありますから。」

 

 

海に魅せられ、海が大好きだからこの仕事をしていることが非常に伝わってくるインタビューであった。田中さんの人柄の良さ、ウィットに富んだ発言や、初対面でも学生であっても、気さくに話しかけてくださるそのコミュニケーション能力などが、海洋研究と行政の方々の間を橋渡ししているのであろう。田中さんのような研究員がもっと世の中に増えれば、社会問題解決のための研究がもっと社会に浸透していき、私たち一般人にも広がっていくのではなかろうか。今後の田中さんの活躍を心から応援しているのと同時に、海洋問題について、もっと目を向けなければならないと感じたインタビューであった。

河野萌依